2017-11

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トランプを生んだもう一つのアメリカ

   トランプを生んだもうひとつのアメリカ
         自治体政策研究所理事・高橋 悟

  
 2016年のアメリカ大統領選挙を「『狂人』対『犯罪者』の戦い」と評したのは、レーガン元大統領のスピーチライターを務めたペギー・ヌーナン氏。また、民主党大統領候補の座をヒラリー・クリントン氏と最後まで争ったバーニー・サンダース氏は、トランプについて「私の生涯で、主要政党から浮上した最悪の候補者。こいつはこの国にとって大きな災難」とまで言い切った。
 ところがである。大統領選挙において勝利の女神が微笑んだのは、ドナルド・トランプ氏であった。世界が愕然した2016年11月9日。
 何故、ヒラリーは破れトランプは勝利したのか。多くの識者がさまざまな分析・解説を試みているが、今にいたるも「何故?」という疑問符は消えない。

 2017年1月20日、トランプは正式に第45代アメリカ合衆国大統領に就任した。多くのメディアは、その就任セレモニーへの参加者がオバマ前大統領に比べ格段に少なかったことや、世界各地で反トランプのデモが起きたことを伝えた。
 さらに、トランプ新大統領への好感度が40%と過去40年間で最低であることや、支持率が45%と極めて低いことを伝えた。
 しかし・・・私は考える。
 むしろ40%ものアメリカ国民がトランプに好感を持ち、45%のアメリカ国民がトランプを支持している事実こそ驚くべきことではないかと。
 本選挙でのトランプの得票は、6、297万票に及び、ヒラリー・クリントンに280万票余り少ないとはいえ、過去の共和党の大統領候補と比較すると、2004年のブッシュ(子)、2008年のマケイン、2012年のロムニーを、いずれも上回っているのである。

 トランプは、選挙運動期間中、人種、宗教、性別などについて差別的発言を繰り返した。彼が「暴言王」と言われる所以のひとつはここにある。被差別者や少数者への寛容さが「政治的正しさ」(ポリティカル・コレクトネス)として求められる現代において、これは命取りである、と、多くの識者は考えた。人種差別、女性差別を公言する人物が、まさか大統領になるはずがないと。
 しかし・・・私は考える。
 むしろ、その数々の暴言にこそ、トランプを大統領にした秘密があるのではないかと。

 アメリカは、ふたつの顔を持っている。ひとつは進歩的で開放的でリベラルなアメリカ。オバマ前大統領に代表されるアメリカだ。もう1つは、その反対のアメリカ。保守的で閉鎖的で差別を容認するアメリカである。
 私たちは、アメリカというと、東海岸のニューヨークや西海岸のサンフランシスコなど、自由で開放的な大都市を思い浮かべる。しかしアメリカは広い。ディープサウスとよばれる南部では、今なお根強い人種的偏見が存在している。また南部に限らず白人至上主義的な考え方を持つ人も多い。これは経済だけでは説明できない根深さ、奥深さを持つ。
 トランプを大統領選で勝利させたのは他でもない、このもうひとつのアメリカである。差別と偏見に満ちたもうひとつのアメリカが、トランプの暴言に共鳴、共感し、彼を大統領に押し上げた。これが今回の大統領選挙の実相ではないだろうか。

 今後、憂慮すべきは、合衆国最高裁判所が1950年代から積み重ねてきた人種差別撤廃等の進歩的な司法判断がトランプ政権のもとで覆えることである。最高裁判所判事の指名は大統領が行うこととなっており、今後、トランプが保守的な判事を指名することが予想されるからだ。これまで「政治的正しさ」(ポリティカル・コレクトネス)の言わば旗振り役であったアメリカの変節は世界に大きな影響を与えることとなろう。アメリカ国内はもとより世界中でヘイト・クライム(人種的な憎しみを動機とする犯罪や事件)が増加するに違いない。
 もう1つのアメリカが開けたトランプという名のパンドラの箱。今、世界は、その箱から出てくる「恐怖」の前に戦々恐々としている。
 神話では最後に「希望」が残るはずなのだが・・・・。

[勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし](野村克也)

                      
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「言うべきコト」を「ハッキリ言う」

  「言うべきコト」を「ハッキリ言う」

一つは
 安倍首相は参院選挙の(三分の二当選)を見越してか「憲法改定」を口にし始めた。
 全国各地で「安倍政治を許さない」の市民運動が起きている。札幌でも「衆院補選区の候補統一」の市民運動が展開されている。だが「安全保障関連法反対」と書いたチラシを配布している。なぜ「戦争法反対」とハッキリ書かないのか。
安倍政権は「武器」を「防衛装備」と言い、「輸出」を「移転」と言い換えて、「武器輸出三原則」を放擲し「平和憲法を蔑ろ」にした。

安倍首相は (ヌケヌケ・平然と) 真逆のことを言い続け、「新聞・テレビ」がこれを追随する。これが常套手段になっているではないか。なぜチラシに「戦争法」とハッキリ書かないのか。
「自衛隊を海外に出動させるため」「アメリカの戦争に加担するため」強行議決したのは明白である。「安全保障法」ではない。「戦争法」である。市民運動は安倍の論法に追随してはならない。権力はいつも「言葉のイメージ」で騙すのである。騙されてはならない。
 
もう一つは
 朝日新聞の「声欄」である。「このような声を」と不審に思う投書が掲載される。
「朝日は偏っている」とのバッシングを回避するためであろうか。腰の引けた「普遍中立」のアピールは、朝日経営陣に「見識ある毅然」が欠落しているからではあるまいか。
これに較べて、岩波『世界』の「読者談話室」には、毎号、爽やかでシッカリした投書が掲載される。爽やかな投書は編集者の見識の反映でもあろう。

さらにもう一つ
 これまでは、池上彰氏の「ニュース解説」を「言うべきコト」を「そこで言わない」のは良くないと思っていた。
だが二月十二日の「なぜ戦争は世界からなくならないのか」の三時間番組は良かった。とりわけ、ラストでイギリスBBCのラジオ局長の保守党議員の報道批判に対する「愛国心に関して(政治権力から)説教を受ける筋合いはない」との反論を放映したのは良かった。
そして「報道機関は政治に左右されてはならないのですね」とコメントした。「放送免許の取上げもあり得る」との高市早苗発言が問題になっているときである。まことに時宜を得た正当な(勇気ある)解説であった。 
高市発言は「総務大臣の地位を弁えない」愚かな言い募りである。その高市発言を安倍首相は庇い支持しているのである。
(森 啓)

想像力の欠如

       想像力の欠如

                             NPO法人自治体政策研究所理事 湊谷宣夫

 2030年、北海道新幹線は札幌まで延伸される。早期開通をマスコミも多くの道民も願っているように見える。鉄道事業に対する想像力の欠如は、国政の劣化を招いている想像力の欠如と似ている。
 昨年8月、JR北海道は留萌本線の留萌-増毛間の運行を廃止すると発表した。高波被害で運休が続く日高線では、関係自治体に対し「復旧工事で国に補助金を要請するならば日高線を持続させる仕組みをセットで構築することが不可欠」と釘を刺した。つまりJRだけに負担を求めるなら路線存続はできないということだろう。

 2030年の北海道の人口推計値は468万人。2040年には419万人というから2050年には400万人の大台を切るだろう。
 鉄道事業は毎年300億円の赤字を出している。3月開業予定の新青森―新函館北斗間の収支も毎年約50億円の赤字という。札幌延伸まで赤字が続くと累計700億円となる。開通から30年を経た青函トンネルは保守に毎年20億円を要している。延伸時の国の財政状況は現在以上に悲観的であり、今後JRへの支援が増えるとは思えない。JRの自助努力にも限界があり、今後、更なる地元負担を求めてくることは容易に想像される。釧網線、宗谷線、根室線などの廃止も議論されよう。

 半世紀前、テレビに映る一般アメリカ人家庭の暮らしぶりを、日本人の多くが羨望の目で見ていた。アメリカに近づくことが明日のエネルギーでもあった高度成長期を経てバブルがはじけるまで20年、その羨望の多くは手に入れた。主婦は家事から解放され、主要道路の幹線網は形成され、不便な日常生活は大方解消された。人口減少、貧困層の増加などで需要が減少するのは当然だ。デフレ対策で市中に金をばらまいても、庶民の多くはつましい暮らしを選択する。

 「バブル後」と言われてからもすでに20年が過ぎたが、20年前に少子高齢化で未来が危ないと、真剣に問題提起する政治家はどれほどいただろうか。当時はすでに、土木事業の景気刺激効果が疑問視され始めていたが、環境、クリーンエネルギー、ICTの公共政策を未来に向けて示した政治家はどれほどいただろうか。
 今、グローバル社会の深化、ICT化の進行で、行き場所(生き場所)のない労働者は劣悪なブラック企業に放置されたまま、格差社会が進行している。

 貧困大衆の第一の関心は、明日の希望より今日食う飯にあるから、「強い日本」「一億総活躍」など聞こえのよいキャッチフレーズに惹かれ、一時しのぎの「給付金」に騙される。期待した政権交代への失望感は消えないまま、進むべき未来像が見えないから、公約反故の詐欺的解説に納得する。「安倍首相は外交・内政とも一生懸命やっている。自信に満ちていて信じられそう」という衆愚的幻想が政治を支配しているように見える。

 広い大地、豊かな自然、冷涼な空間を持つ北海道のポテンシャルは高い。温暖化で作物適地が少しずつ北に移動し、北極海航路の中継基地としての役割も期待される。福島の原発事故以来、食料やクリーンエネルギーの供給基地として、北海道は未来の日本の保険としても重要な位置を占める。
 保育、教育、介護、労働などの今日的課題は旧来政策の帰結である。聖書に言う。「新しいぶどう酒は新しい革袋に入れよ」と。新しい(需要環境)には新しい(供給システム)が必要だ。
 1973年の新幹線整備計画時、40年後にはLCC(格安航空会社)が登場し新幹線と航空運賃が競合するとか、財政事情が悪化し続け、国の借金が1千兆円を超える事態になると誰が想像しただろうか。人口減少の推計には目をつぶり、バラ色の未来をちりばめて整備計画としたはずだ。

 いま、新函館以北の新幹線を新たに計画しても現計画と同じになるのだろうか。そのような視点で、現計画決定の重要ファクターを洗い直し、今日的ファクターを加味して、その実効性を高めるのが「広域自治体」としての北海道の役割ではないか。
 新幹線の視点を札幌から新千歳空港に移し、ルートを含め、鉄道と空港の一体的活用による経済効果から再考してはどうか。北海道にとって観光振興は大きな柱ではあるが、物流拠点としての新千歳空港については過去から議論があった。いまや空港関係者のみで議論する時代ではない。人口減少による交通網の再編は時代の流れではあるが、拠点都市の繁栄なくして、町村を含む北海道の元気はあり得ない。道内の地方空港と新千歳空港、北海道新幹線を有機的に結びつけた「時のアセスメント」を実施し、賢人の英知を結集すべき時であろう。

知事はじめ基礎自治体の長が、「新幹線を札幌に延伸さえすれば北海道の未来が明るくなる」と単純に思っているなら、未来の人たちに無能なリーダーだったと言われるだろう。 10年後の沿線自治体がどうあるべきか、それに向かっていま踏み出さないならば、「この10年あなたの自治体は何をしていたのですか」と言われて、地方路線は消滅し、赤字沿線の自治体は消えていくことになるであろう。北海道新幹線への期待と現実は、国政の縮図であると思う。



集団的自衛権についての見解

  集団的自衛権をどう考えればいいのか
                NPO自治体政策研究所 理事 湊谷宣夫

 閣議決定の効力について、民主党の武正公一議員の質問に対する政府回答は「閣議決定の効力は、原則としてその後の内閣にも及ぶというのが従来からの取扱いとなっているが、憲法及び法律の範囲内において、新たな閣議決定により前の閣議決定に必要な変更等を行うことは可能である。」

 個別自衛権についての限界、集団的自衛権行使の課題をあらゆる面から議論する必要があるのに、国会議論の前に外遊先で「集団的自衛権の行使容認」を積極発言し、外堀を埋める安倍首相の発言。
 海外発言報道が多いほど、閣議決定ですでに未来が決まったかのような錯覚を起こさせることに戸惑う。

 小選挙区制の弊害、派閥解消の反動で、自民党内の反対論も封殺される。
 たった3割の国民支持しか得票のない自民党に憲法の実質改定を迫られる。
 首相発言の論理矛盾を報道する番組も皆無といっていいほどで、「何か変だ」と思っているうち、検証されないまま次々と事態が進行し、のっぴきならないところに国民は導かれる、まるで誘導販売でとんでもないものを買わされるような錯覚を覚える。

 戦後70年になろうとしている今、集団的自衛権行使容認の議論をしているのは、戦争体験のない政治家たちだ。
 テレビ朝日が行った緊急アンケートでは、NGO24団体中18団体が、自衛隊による『人道支援の民間人』を支援することに<反対>と回答した。
 アフガニスタンで活動するペシャワール会の医師中村哲氏は言う。
 「安倍首相は記者会見で、『海外で活動するボランティアが襲われても、自衛隊は彼らを救うことはできない』と言ったそうですが、全く逆です。命を守るどころか、かえって危険です。私は逃げます。」「九条は数百万人の日本人が血を流し、犠牲になって得た大いなる日本の遺産です。九条に守られていたからこそ、私たちの活動も続けてこられたのです。」

 戦争を体験した人や、戦争状態の現場にいる人の言葉は重い。戦後の平和憲法を作った先人の多くはすでにこの世にいないが、もし今、彼らに70年後の今の日本の状況を示して、集団的自衛権行使の可否を聞いたら何と言うのだろうか、 そういう視点で、憲法の重みを考えなければならないと思う。
 集団的自衛権の行使を許せば、自衛隊への志願者は減り、徴兵制度の検討が絵空事ではなくなろう。相対的に過激な性向の隊員が増え、あおったり、あおられたりしながら不測の事態が勃発すると思う。

 福島第一原発所長の吉田所長と東京電力本社の事故当時のやりとりのように、現場を知らない者があれこれ言っても、戦場では想定を超えた事態が次々と起こるに違いない。集団的自衛権の行使に歯止めをかけると言っても、戦争現場で歯止めのふるいが機能するとは思えない。

 アメリカから強い要請があったわけでもなければ、国際緊張が別次元に高まり、集団的自衛権行使を今すぐ決めなければならない事態になっているとも思わない。逆に集団的自衛権行使を容認すれば、不測の事態を引き起こすリスクの方が格段に増すと想像させる歴史事実がある。
 1964年ベトナム戦争の契機となったトンキン湾事件は、北ベトナム軍の哨戒艇がアメリカ海軍の駆逐艦に2発の魚雷を発射したというものだった。だが7年後に、ニューヨーク・タイムズの記者がペンタゴンの機密文書を入手して米国が仕組んだ事件であったと暴露した。当時の国防長官ロバート・マクナマラも1995年には「北ベトナム軍による攻撃はなかった」と告白している。
 2001年9・11、同時多発テロ事件が起きた。テロ再来を恐れるあまり、米国は大量破壊兵器があるとして2003年イラクに侵攻した。アナン国連事務総長は国際法上根拠を持たない「違法な行為」と批判した。ドイツやフランスはイラク侵攻に強硬に反対した。アメリカと行動をともにしたイギリスでは、反対する閣僚の辞任が相次ぎ、ブレア元首相への責任追求の国民の声は今も絶えない。

 当時の小泉首相が大量破壊兵器について「アメリカがあると言うからあるんでしょう」と発言した記憶が鮮明に残る。国際協力を巡る湾岸戦争以降の日本の対応が正しかったのか、正確な報道番組がどれだけあるのか。
 民主主義発生の欧州との違いを考えれば、日本人はこの種の大事に疎い民族なのかも知れない。だからこそ議論は尽くしに尽くさねばならない。

 新自由主義の行きついた所は、極端に言えば、1%の富裕層が99%の人の暮らしや生命を左右する格差社会だった。戦後のアメリカとの共同歩調が今の形のままずっと続くのがいいのか。
 環境保全、公害防止、高齢者医療介護、六次産業化による地域自立、そして廃炉技術など、今後アジア新興国でも起きてくる課題を先行経験し、解決していく日本の姿の中にこそ、国際貢献、アジア平和のためになすべきことが凝縮されていると思う。急激な経済成長に民主主義が追いつかない中国に、逆に体制強化に資することになるような口実を与えるべきではない。
 今年1月のダボス会議直後、豪日刊紙オーストラリアンに載ったという記事がある。「もし今年、第三次世界大戦が起きるならこんな感じだろう。中国の漁船が東シナ海の係争中の島に接近し、日本の海上保安庁がこれを襲い漁民は逮捕され発砲がなされる。北京は最後通告を出し、東京は日米安保条約を発動する」 

 5月15日の記者会見で安倍首相は言った「・・・巻き込まれるという受け身の発想ではなくて、国民の命を守るために、何をなすべきかという能動的な発想を持つ責任があると、私は思います。・・・」http://www.kantei.go.jp/jp/96_abe/statement/2014/0515kaiken.html  憲法九条の精神を護る人ならどう言うだろうか。

「・・・(戦争に)巻き込まれないように、憲法九条の平和主義を国際社会に訴え、戦争で荒廃した国の民生安定に積極的
に貢献していくという、能動的な発想を持ち続ける責任があるとのべるであろう。それが国民の命を守ることになると私は思う・・・」

   日本国民は今、未来社会の選択を迫られている。

夕張再生への提言

  夕張再生―政策提言公開討論会

 夕張市は2007年3月、赤字債権団体に指定され、総務省の管理下で再建計画を進めている。
 藤倉夕張市長は「夕張の体力では10年間-100億円の返済が限界である」と財政再建計画の実行に懸念を表明している。
 その理由は、北海道庁が主導した財政再建計画の想定を上回るペースで人口減少が進行しており、2006年6月で13,165人、2007年4月で12,552人、2008年4月で1,998人と市外への人口流失が進行し、公共施設の運営は指定管理者の返上が出始め、市民生活に不可欠な施設の運営が困難になっているからである。 
 職員数の削減が進行して業務に支障をきたし、職員には、給料は最低で業務負担は増大し心身共に疲労し健康問題も生じている。

 これまで自治省(総務省)は、公務員給与の均衡を理由に全国自治体に給与への干渉を行ってきた。しかるに今回は、職員の三割を超える削減が総務省管理下で行われ(実質強制されて)大きな給与格差が生じているのである。
 現在の財政再建計画は実質的には国と道庁が策定したものである。そして、その内容は「債務償還計画」であって「夕張再生の計画」ではない。市民総意のまちづくり計画の策定が喫緊の課題である。
 債務総額の353億円は、道庁がみずほ銀行などの債権者に全額立替をして確定した債務額である。
 社会の通常では、返済不能となった「不良債権」の処理は、債権者会議の場で「何割かの再建放棄と返済保証」の協議がなされる。その協議を纏めるのが「道庁の役回り」ではあるまいか。しかるに道庁は、全額を債権者に立替え夕張市の債務額を確定した。国の内需拡大政策に従い起債承認を続けた道庁にも債務額の一端を負う責任はないであろうか。「18年間償還の債権計画」を主導したのも道庁である。

 当自治体政策研究所は、夕張再生への現地調査を重ね、夕張市民による「再生市民会議」と意見交換を行い提案も行ってきた。市民の暮らしが成り立つ自治体のあり方と市民連帯の仕組みづくりを開発するために、市民、研究者、企業経営者、弁護士など各界の方々と夕張再生の道筋を探る「政策提言公開討論の場」を設けた。 
  (本稿は2008年の当研究所の活動であるが、夕張再生への参考として掲載する)

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