2013-06

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自治体議会の無投票選挙

 下記は、道民雑誌「クオリティ」(7月号)に掲載されたインタビュー記事である。
 市町村議員が無投票で決まるのは「民主政治の衰退」に繋がると考えるので
  ブログに再掲載する。                   

  千歳市議会の無投票選挙

  民主政治を危うくする無投票
 今回のような市町村議員が無投票で当選するのは、代議制度の否認であり民主政治の衰退につながります。
 しかしながら、無投票で議員が決まる今回のようなことは、これからも増えるでしょう。千歳市のような人口10万人規模の都市での無投票は初めてですが、町村レベルではよくあります。千歳市を例外的な観点で見ることはできません。
 
 その理由の一つは、議会に対する不信感が広がっているからです。今、「信用できない団体をいくつか挙げなさい」と聞かれたら、いの一番に出てくるのが地方議会です。「何をやっているのかが分からない」、「特定の人が継続当選して利権絡みでやっている」「議会は無くてよい」といった議会に対する疑問や不信が増大しています。ですから、お金をかけて議員になろうという人が減っています。
 かつて地方の町村では、立候補締め切りの前日などに、現職の議員が、新たな立候補予定者の家に出向いて「立候補を思いとどまってくれないか」と頼む光景が見られたものです。

 議員になる魅力が減った
 議員になる旨味がなくなったことも無投票になる要因の一つです。日本は長らく土建国家でした。先進工業国の中で、国の総予算に占める建設工事費の割合は桁違いに大きかったのです。右肩上がりで増えた国民の富が、議会を通してゼネコンにばらまかれ、元請け・下請けという仕組みができあがったのです。隠岐の島に視察に行った時に目撃しましたが、全国の島々に至るまで土建・建設会社が網の目を張っています。
 
 しかしながら、財政赤字で公共事業予算が減りました。工事を受注できなければ、建設会社は仕事の中身を変えなくてはならない。それまでは、建設会社の重役や社長の弟が地方議員に立候補してバッジをつけて公共事業予算を取ってくるという仕組みがありました。その妙味が消えて利権の魅力がなくなったから議員のなり手も少なくなったのです。
 さらにまた、日本社会が成熟して道路やハコモノをつくるよりも、まちを美しくする景観や社会保障といったソフト面にお金を使うようになった。だが、小泉構造改革で地方が切り捨てられ、その予算も減って議員になる魅力が薄れたのです。

 当選すると『議員』に変身する
 議員になる魅力がなくなったといっても、それなりの旨味はあります。日当や政務調査費といった金銭的なメリットは今もあります。役所の部長や課長は電話一本で飛んできて説明します。議員報酬は減額されても小遣い以上のお金が入ってきます。一度議員になると誰も辞めると言わない。議員になりたい人はいるのです。

 問題なのは、「さなぎが蝶になる」ように『議員』に変身することです。議会改革を唱えて立候補した人も、古参議員にタテをついていると外されて議員として必要な情報が入ってこなくなるから、いつしか旧来型の議員になり、それが議会不信を増幅させているのです。
 市民運動の人は、苦労して議員になってもつまらないと言うのです。議員になるよりも仲間同士でデモや集会をやっているほうが、社会的な活動をしていると思えるのです。

 議会基本条例は退廃の兆候
 最近の地方議会選挙は、定数を1人か2人超えた立候補者での選挙が増えています。
 戦後の民主政治の高揚期に見られたような、たくさんの人が立候補する時代ではなくなった。しかし問題は、そのことがもたらす結果です。無投票で議員になった人は、選挙の洗礼を受けていませんから、真剣に町の将来を考えず現状維持になります。旧態依然の議会を改革しようとはしません。口先だけの改革になります。
 
 今、全国で流行している「議会基本条例の制定」は、まさにその現れです。基本条例だと言いながら、全有権者投票による市民の承認を得ようとはしません。議員にとって痛くも痒くもない手前味噌の基本条例です。それは「われわれも改革しているのだ」のポーズです。

 議会基本条例の流行現象は「議会退廃の兆候」です。口先だけの改革ポーズで議会不信を越えられると思い、四年任期の議員の議決で基本条例が制定できると考えているのです。
 市民は、なぜ有権者投票による市民合意を避けるのか、と問い続けるべきです。
 議会不信が増大すると市民の期待が低下しますから、議会の本来的機能も低下します。行政運営をチェックし、自治体政策をレベルアップさせる議会の役割は低下します。
 
 議会の批判能力の低下は地域の衰退につながります。
 その理由は、行政の政策能力(まちづくり能力)は議会の批判力が低下すれば弛緩します。議会が目を光らせていると、市長も部長も課長も、議会で問題にされると思うから不正や不当なことはやれないのです。議会が馴れ合いになり批判能力が低下すれば、市長や行政幹部は退職後に関係する団体や事業に予算を巧妙に使います。市民の生活環境や福祉は停滞し後退します。

 街中に壁新聞掲示板
 千歳はこれからどうしたらよいか。
 第一は、議会に関する様々な情報の公開です
 無投票で議員になった方々は、市民の重しが無いから真剣に千歳の将来を考えない(無いとは言えないが)、薄弱になるでしょう。市民の信託も薄弱です。
 そこで、次回選挙のためにも、向こう四年の議員活動の実績を記録し公表することです。街中に掲示板を作り月刊の壁新聞形式で公開するのです。
 世の、邪なること不正なることを無くすは多くの人が知る、です。

 第二は、市民の学習です。日本社会に活力が漲った1970年代には多様な学習活動がありました。現在の日本は状況追随思考が蔓延しています。大勢順応の成り行き任せです。
 千歳には多くの市民運動が存在するにも拘らず、なぜ立候補者が定数を超えなかったのか。

「原発反対」のボルテージを高めている市民運動の方々に、仲間同士の自己満足のような言動になってはいないかを考えて頂きたい。仲間内だけに通用する言葉や論理でなくて、市民の心に共鳴する言葉と論理が必要です。
 自分たちに禍をもたらす人たちに言葉で騙されて支援する現在の政治状況を変えなくてはならない。批判的思考力を高める学習が大切だと思います。 森  啓
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