2017-11

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追悼 松下圭一先生  
 -会報・さっぽろ自由学校「遊」7月号-

1 国会では、安倍普三がアメリカの戦争に加担するため、デタラメ答弁を繰り返し「憲法違反の戦争法案」を、国会会期を延長して、自民・公明の多数議席で強行採決しようとしている。これは、祖父岸信介の「安保条約の強行採決」と同じ「民主主義を蹂躙する」やり方である。
 沖縄では、辺野古に軍港と空港を兼ね備えた本格基地を、暴力的に(カメラに写らないときは殴り蹴りして) 建設工事を強行している。
 本土の人々は、沖縄の基地の苦しみに無関心である。日本政府は「基地の地位協定」の改定交渉を一度も行っていない。
 沖縄の人々は、自分達の「祖国復帰運動」は何であったのか、と今「沖縄の自己決定・沖縄独立」の声が起きている。  

2 政府も官僚も、防衛・外交の権限は「国家の権限」であると言う。国会議員も言う。学者の多くもそう思っている。人々も「国家の権限」だと思っている(思わせられている)。「国家」の観念は擬制である。明治憲法のとき伊藤博文がドイツから持ち帰ったコトバである。「ドイツ皇帝の専制支配を存続するための擬似理論」のコトバである。そして「国家三要素説」は二重概念の騙し説明である。

3 40年前(1975年)、松下さんは岩波新書「市民自治の憲法理論」で、民主主義の主人公は「市民」(=People=Citizen)である。民主主義は「国家が国民を統治する」ではない。「市民が政府を組織し制御し交代させる」である。政府の権限は市民が信託した権限である、と明快に述べた。この本が刊行されたとき、憲法学・行政法学・政治学の学者は誰一人も反論できなかった。当時「松下ショック」と言われた。そして2003年刊行の「都市型社会の防衛論争」(公人の友社)で、「防衛権」も「外交権」も、本来は「市民の権利」である。政府の外交・防衛の権限は市民が信託した権限である。信託は信頼委託である。白紙委任ではないと明晰に論述した。

4 70年前(1946年)、「天皇主権の憲法」から「国民主権の憲法」に転換した。だが「国家統治の論理」は存続した。なぜであろうか。長い間、「国家統治」が正統学とされ「国家」に疑念を抱くことも厳しく禁圧された。だから、学者は「国家」「国家統治」「国家主権」の観念から脱することが出来なかった。
 
5 松下さんの「市民自治の理論」に反論できない学者は、「学会」をつくり「みんなで渡れば怖くない」と、「国民主権」を「国家主権」と言い換えて、「国家に統治権あり」と今も講義しているのである。その講義で学んだ学生が毎年春に社会人になっている。

6 「日本人の生命を危うく」し「国際社会での日本の信頼を低下させて」いる安倍政権の支持率が、急落しないのはなぜであろうか。メディアが萎縮し報道するべきことを報道していないからであろう。だが騙されるのは人々の思考力が劣化しているからである。今必要なのは、松下さんが55年に亘って創り続けた「市民自治の理論」である。自由学校「遊」の役割は、「思考の座標軸」を見定めて「考える力」を高めることにある。

  松下圭一先生は、2015年5月6日、85歳で逝去された。
  心からなる追悼は「松下理論」が多くの方々に伝わることであると思う。
  本年5月から、さっぽろ自由学校「遊」で、講座「民主主義の理論・松下圭一を読む」を開講した。
  そして、北海道自治体学土曜講座も再開した。     (森 啓)
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